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亡くなった方の遺産に借金などのマイナスの財産が多く含まれる場合、その方の相続人となった方は、遺産を相続することのほか、相続を放棄することをお考えになると思います。
当事務所は、相続分野の事案を多く扱うため、相続放棄に関するご相談も多いです。
この度のコラムでは、そのようなご相談を受ける中でよくあるトラブル、注意点についていくつかお話ししたいと思います。
相続放棄は、相続人の方が、亡くなった方の不動産や金銭などのプラスの財産と債務などのマイナスの財産のすべての承継を拒否することです。
相続放棄をすると、亡くなった方の相続に関し、はじめから相続人とならなかったものとみなされますので(民法939条)、亡くなった方が多くの負債を抱えていらっしゃった場合、相続放棄をした相続人は、その負担を免れることができます。
上記のとおり、相続放棄をしてしまうと、その方は、亡くなった方のプラスの財産を引き継ぐことができなくなります。
もっとも、相続放棄をした方でも、その方が受取人になっている死亡保険金などその方固有の財産と評価されるものについては取得することができます。
ただ、死亡保険金や死亡退職金は、税務上「みなし相続財産」として相続税の課税対象となるので、その点についての注意は必要です。
従前からの民法のもとでは、相続放棄をした方は、他の相続人や相続放棄によって新たに相続人となった方(相続人全員が相続放棄をした場合は家庭裁判所に選任された相続財産管理人)が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、亡くなられた方の財産を継続して管理する義務を負うこととされてきました。
そのため、例えば、遺産の空き家が老朽化により塀の倒壊の危険があるような場合、相続放棄した方も、塀の倒壊によって他人に危害を与えるような事態が生じないよう適切な管理をする義務があると考えられてきました。
しかし、相続放棄をした方がその空き家に居住しておらず、遠方にいる場合に、法律上、そのような管理義務を課したとしても、実際上は絵に描いた餅になってしまい、適切な管理は期待できないということも多いと思います。
また、昨今は、相続の発生により所有者が不明な土地や所有者の所在が不明な土地が増加しており、それにより近隣に悪影響を生じさせたり、土地の有効な利用・活用ができないなどの社会問題も大きくなっていました。
そのことから、所有者が不明な土地等の利用の円滑化やその発生を予防することを目的として、民法が改正されることとなり、相続放棄をした場合の管理責任の規定も、以下のように内容が変更されました。
民法940条1項
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
大事な点は、相続放棄をした際に管理義務を負うことになる方が、相続放棄の時に相続財産を現に占有している方に限定されることとなったという点です。
したがって、相続財産を現に占有していない方の場合には、相続放棄をしても、相続財産についての管理義務を負わなくてよくなったという意味では、デメリットが小さくなったといえます。
ただ、相続財産を現に占有している方が相続放棄後も次の順位の相続人等に引き渡すまでの間管理義務を負う点は従前どおりですので、ご自身がそのような立場にあるという方の場合には、相続放棄をすべきかどうかなどの点について、弁護士等の専門家に相談することをお勧めいたします。
以上で説明した点以外で大きな注意点としては、相続放棄ができる期間は、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」という決まりがあるという点です。
3か月という期間は一般的には長いように感じますが、実際はあっという間です。
葬儀やその後の法要、遺言書の有無の調査や遺産の整理をするにも、お仕事などご自身の日常生活を送りながらだとなかなか事が進まないということはよくあり、いざ相続放棄をしようと思っても、相続放棄申述書の作成や戸籍謄本等の必要な書類の準備に意外と時間が必要ですので、相続放棄についてはできるだけ早めの時期から検討することをお勧めいたします。
なお、「相続開始を知ってからもうすぐ3か月が経ってしまう!」「事情があって3か月の熟慮期間が過ぎてしまった!」など、お急ぎの場合やトラブルが生じてしまったときも、事案によっては相続放棄の実現に向けて対応できる場合もありますので、そのようなときは急ぎ目にて弁護士にご相談ください。
法定単純承認とは、相続を承認する意思を明確に表示していなくとも、①相続財産の処分、②熟慮期間の徒過、③限定承認や相続放棄後の背信的行為といった事由に該当する行為をしてしまった場合に相続を単純承認したものとみなされるという制度です(民法921条)。
②熟慮期間の徒過について注意をすべきというのは上記1記載のとおりです。
①、③については、例えば、相続開始後、債務だけを免れようと遺産を処分して利益を得た上で相続放棄をするような場合や、相続放棄後にプラスの遺産をいたずらに消費したような場合などには、家庭裁判所に相続放棄の申述が受理されなかったり、受理された相続放棄申述が無効となり得るというのは、比較的わかり易いと思います。
しかしながら、実際上、相続放棄を検討している方の頭を悩ますのはもっとグレーな場合です。
例えば、①の相続財産の処分との関係でよく相談時にお聞きするお悩みとして、「故人の自宅である賃貸住宅の大家さんから、家財道具の撤去や賃貸借契約の合意解約を強く求められているが、応じたら相続放棄ができなくなるのか。」というものがあります。
当人以外の方からすれば、「そんなことには応じなければいいではないか」とお考えになると思いますが、相続放棄を実際に検討しなければならない状況に置かれた方の心境は複雑で、「相続放棄という選択をするとしても、関係者との人間関係もあることから、それ相応の必要な対応はしなければいけないのではないか。」という思いに駆られる方も多いため、実際の相談においては上記のような相談が多く寄せられるのです。
どのような行為が相続財産の処分に該当するのかという点に関し、昭和初期の古い判例では「一般経済価額を有するもの」が「相続財産」に当たり、そのようなものを形見分けということで引き取ったとしてもその行為は「相続財産の処分」に当たると判断されています(大判昭和3年7月3日)。
その後の裁判例を参考にすると、一般経済価額を有する相続財産の処分に当たるかどうかについては、対象となる財産の交換価値だけでなく相続財産全体の額、被相続人や相続人の財産状態、対象となる行為の性質等を総合的に考慮して判断するというのが判断の指針となるようです。
しかしながら、正直なところ、財貨的価値がほとんどないことが明らかな着古しの衣類を形見分けしたというようなわかり易い例を除いては、一般の方が、自身がなそうとする家財の撤去に関する行為が「相続財産の処分」に該当するかしないかを自信をもって判断することは難しいと思われます。
また、故人の住居の賃貸借契約の合意解約は、当該住居に居住できるという財産的価値のある権利を消滅させる行為ですので、一般的には「相続財産の処分」と判断される場合が多いと思いますが、インターネット上の一部情報には、賃貸借契約の合意解約に応じても「相続財産の処分」に該当しない場合があるかのような記載も散見されます。
もちろん、様々な事情を総合的に考慮して、賃貸借契約の合意解約が「相続財産の処分」に該当しないと判断できる場合もあるかもしれませんが、それはおそらく相当レアなケースであろうと思われ、安易な自己判断はやはり後々の後悔の元になるおそれが高いというべきです。
したがって、ご自身がなそうとしている行為が、法定単純承認事由に該当しないか不安を持たれている方については、やはり、早い時期に弁護士等の専門家に相談することをお勧めいたします。
なお、相続放棄は、相続放棄の申述を受理する旨の家庭裁判所の審判がなされて認められるものであるものの、相続放棄の受理審判自体は、相続放棄の意思表示を家庭裁判所が受領したことを公証する行為に過ぎず、相続放棄の有効・無効を終局的に確定するものではなく、その有効・無効の認定は民事訴訟による裁判によってのみすることができるものとされています。
このことからすると、法定単純承認についてグレーな対応をするかどうか迫られている方は、相続放棄については、「家庭裁判所で受理されたら大丈夫」「受理されれば問題ない」などと考えるのではなく、相続放棄申述が受理されたのちに被相続人の債権者が相続放棄の無効を民事訴訟で本気で争ってきたとしても自信をもって大丈夫と思えるか、という頭で、慎重に対応を検討していただくべきと思います。